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福岡高等裁判所 昭和33年(う)1376号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

主任弁護人佐藤恭也の陳述した本件控訴の趣意は、同弁護人及び弁護人北山六郎連名々義の控訴趣意書及び追加控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意の縷述するところは、これを要するに、(1)原判決には法令の解釈適用の誤がある。即ち原判決が「猥褻物」の意義についての解釈を誤り、独自の判断の下に、本来猥褻物に非ざる本件物件を猥褻物なりと断定したのは、違法である。(2)原判決は本件物件を猥褻物と認定しているが、その認定の理由とするところを検討するに、これを猥褻物なりと断ずるにつき十分首肯し得べき理由を示していない。このことはいわゆる理由不備の違法に当る、というのである。

よって記録並びに原審で取調べた証拠を検討するに、本件各物件は、いずれもゴム製品及びスポンジゴム等を材料として男性又は女性の性器を模して形づくられたもので、指(小)(押第一号)は指サックの先端部に淡黄色のスポンジゴムを亀頭状にかぶせ、その筒状部に同色の帯状スポンジゴムを螺旋状に巻き付け、これに歯車状の刻を付けたもの、指(中)(押第七号)は指サックの先端部に前同色のスポンジゴムを亀頭状にかぶせ、その筒状部を同様のスポンジゴムで包んだもの、カブトスキン(押第三号、同第十二号)は性交用コンドームの先端部に前同色のスポンジゴムを用いて亀頭の形に作ったものを取付けたもの、張型(ポンプつき)(押第三号、同第十一号)及び張型(ポンプなし)(押第五号、同第十三号)はゴムホースを芯とし前同色のスポンジゴムを用いて作った模型陰茎に性交用コンドームをかぶせたもので、前者はこれに取付けられているポンプを操作するとその都度亀頭部分に空気が送られて膨脹する仕組になっており、張型二人用(押第九号)は張型(ポンプなし)二個をその各基底部において連結されているもの、吾妻型(押第六号、同第十号)は女性々器に模して作られたもので赤色のスポンジゴムをハート型に作り、その中央部に孔をうがち、裏側に二重のゴム袋を取付け、外側のゴム袋と内側のゴム袋との間に取付けられたゴム管により空気を吹き込み膣部をふくらし、更に取付のポンプを操作すると膣入口が狭くなる仕組となっているもの、であり、以上いずれも男性及び女性の自慰用又は前戯用として製作されたものであることが明らかである。論旨は、右の指(小)、指(中)はこれが陰茎の模型であるとしてもそれはいずれも全く機能的に抽象化され、およそ実物の持つ感覚とは全く異るものであることが明瞭である。カブトスキンは仮にこれを掌に置いて見るも性的興奮を起させ羞恥嫌悪の情を催させる程の陰茎の模型であるとは到底いい得ない。張型類はその形状が幾何学的に抽象化されているため何ら性的興奮を生じさせ羞恥嫌悪の情を催させるものでない。吾妻型はこれにつき説明を受けぬ限りその用途につき知ることができず、又その外観からこれを以って女性々器の模型であるとは認めること困難であり、ただそのポンプを作動しての機能が女性々器のそれに類似するというに過ぎない旨主張するが、弁護人の感覚を以ってすれば左様に受取れるものであろうか。しかし一般普通人ならば、これを眼にした視覚及びこれを手にして扱って見た触覚、殊に取付けられたゴム管、ポンプ等を操作すること等により、それはいずれも男性及び女性の性器を模して作られたものであり、且つ玩具や信仰などに関係のあるものなどとは異り、専ら男性及び女性の自慰用又は前戯用として作られたものであることを感得し得るに違いない。指(小)、指(中)、カブトスキン及び吾妻型は張型類に比すれば男女性器の模造品としては決して上出来とはいえないが、それはそれなりに右同様の認識を得させるものである。かくしてかかる模造性器の作出、存在は、それ自体性行為の非公然性の原則に反すること勿論であるが、それは又これを手にして見る一般普通人をして性的羞恥感情を害せしめるものであり、性的欲望を刺激興奮せしめる効果を持ち、善良なる性的道義観念にも反するものである。従って本件各物件は最高裁判所判例(昭和三十二年三月十三日大法廷判決、集十一巻三号第九百九十七頁)に従いこれを猥褻物と断ずるに憚るところはない。原判決も基本的には、結局これと同一見解に出でて本件物件をいずれも猥褻物と認定したものと思われる。ただ、原判決が本件各物件を猥褻物と断ずるにつき、製作者の製作意図、使用目的、その用法に従って使用された場合の使用者その他現時社会に及ぼす影響等諸般の事情も猥褻性判断の契機をなすと述べているのは、いささか考え過ぎである。本件のような有体物にあっては、文書、図画と異り、単にそれが人の視覚にうったえるところだけでなく、それを手に触れ且つ扱った場合の触覚により感得するところも視覚により感得するところと相俟って猥褻性を判断することとなるものであって、且つそれだけで十分であるというべく、製作者の製作意図、使用目的、その用法に従って使用された場合の影響等は寧ろそれにより推察される結果に過ぎないとも思われ、これを猥褻性判断の契機と見る必要はない。従って原判決は、この点においては誤を犯していることになるけれども、基本的には本件各物件をいずれも猥褻物なりと認定しており、且つこの認定を正当とすべきものであること前説示のとおりであるから、若し、論旨が原判決のこの点に関する解釈意見を論拠として本件物件の猥褻性を争うものであるならば、それは一応理由あるかの如く見えても、結局その根幹を見ずして枝葉にかかずろうものというべく、採るを得ない。なお所論のいう非公開性の原則なるものは、前記最高裁判所判例にうたわれた非公然性の原則とは全く異るもので、独自の見解に過ぎない。これを要するに、原判決には何等法令の解釈、適用の誤は存在せず、(1)の論旨は理由がない。又(2)の論旨も原判決を正解せず殊更その用語を曲解して原判決を非難し、且つ独自の見解をなすもので、原判決を精読すれば所論のような理由不備の根拠なきことが明らかであるので、採用の限りでない。

よって本件控訴は、その理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木亮忠 裁判官 木下春雄 裁判官 内田八朔)

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